大変だった1週間

札幌出張中に同僚家族の不幸連絡から始まった怒涛の1週間
帰宅後、入浴後やっと座った途端 子供たちが恐怖を感じるほど

突然暴れだす  あんこ

パニック状態から助け出したが呼吸が荒くよだれを垂れ後足に生命感がなくなっていた。
夜間診療の病院に連絡するもダメで翌日早々病院に行きすぐ入院
最悪の事態もと伝えられる

あまり人間に依存しない猫だけどいないとそれは寂しいもので
入院してる間はなんとか助けたいと頭はそのことばかりでネットで関連症状など調べまくる
反して擬人化したりや安易に障害が残るようなことや苦痛がひどいなら安楽死もと・・・

1週間後、命の危機は脱出し第一段階は越え退院で自宅療養へ

下半身はまだ全く麻痺状態
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食事と水分は胃に直接鼻から入れたチューブに注射器で
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糞尿も神経が麻痺しているのでオムツ
久しぶりの赤ん坊です
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ただ後ろ足が動かないだけ
飲み食いがままならないだけ
懸命に生きてます
彼女の寿命は彼女が決めること





出張、告別式、あんこ入院

本日、女王様プチ手術




家長気張ろ。















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Commented by こじ at 2014-11-10 23:15 x
なんだ、なんだ?
どうした、どうした?

うちは10月29日に『あほ子』と、
おれが失礼な名前を付けた
実は賢い猫が隣の家で死んでた。
珍しく2日程家に戻らず、
でも、あほ子なら大丈夫、と思っていたら
あっけなく死んじまった。
助けられるものなら助けてやりたかったが
それすら出来ないうちに逝っちまった。
やっぱ賢い猫だったんだろう。

第一、第二、第三世代の猫たちが
だんだん居なくなって、
徐々に野生が薄れ、警戒心が薄れ
物怖じしない『飼い猫』が増えてきた。
うちでは猫の死が当たり前のように、
そこらに転がってて、実は、
ちょっと慣れちまってるかも・・・。
小さな命はほんとにほんとにあっけなく、
逝ってしまう・・・。
助けられたのならまだ寿命じゃねぇってことだ。

あほ子が死んだとき、また考えたんだけど
動物たちはきっと死ぬって何だか判らねぇけど
死んだときに何だか開放されたって、
おもうんじゃねぇかと・・・。
肉体があるときより自由に動き回れる自分に
気づくんじゃねぇかと・・・

猫でも人でも命の大きさは同じこと。
もし逝っちまったとしても
しばしの別れ、またいつか会えるのさ。

Commented by 紫親父 at 2014-11-11 08:38 x
こじへ
実はガラにもなく力不足を痛感し相当凹んでた。
記事アップして情報を集めれればいいかなとおもったけど
巷に溢れる不幸自慢に集まる偽善的コメも面倒くさいので
暫く貝になっていた。
あんがと!気が楽になったぜ#
Commented by こじ at 2014-11-11 23:07 x
おれなど、何度も己の力不足を痛感してる。
なんかしてやれる事はなかったのか?
あの朝、おれが外に出してなければ・・・。
いつも、たらればばっかりだ。

猫が死に逝くたびに思う・・・。
結局なんも出来んかったと・・・。
自然の前には人の力など、糞ほどの役にたたんと・・。
糞ほどと言っては糞に失礼だが(糞の方が役立つ事が多いし)
痛切に己の無力さを感じる。

そして、いつも思う。
うちで暮らしてて幸せだったか?と・・・。
死んでいった猫たちを想う時、いつも思う・・・。
だからおれが死んだとき、もし逢えるのなら、
真っ先にうちで暮らした猫達に
聞きに行きたいと思ってる。
『お前らは幸せだったかと・・・。』(T_T)

by huuraiman | 2014-11-10 21:45 | 家 族 | Comments(3)

2007年東京脱出 6年間いろんな地を巡り 2013年念願の北海道に


by 紫夫婦
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